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「配偶者控除制度」改正にみる国民の「壁」

 実質、働く主婦の長時間就労の妨げとなっている「配偶者控除制度」が、2018年1月に改正されることとなった。安倍首相がこの制度の見直しを示唆したのが2014年。一時は配偶者控除そのものの廃止が検討されていた時期もあったが、最終的には現行の「妻の年収103万円以下」から「150万円位以下」に適用の幅を広げる形で落ち着くこととなる。

 

そもそも、配偶者控除とは何なのか。

この制度は、戦後圧倒的に多かった「働く夫と専業主婦」家庭の税負担を減らすためのものである。夫は妻や子を経済的に支え、妻は家のことに専念する。そんな価値観が主流であったころの制度といっていい。

しかし、言わずもがな、時代は大きく変わった。

多くの女性はいついかなるときも働いている。近年のバブル崩壊に続く慢性的な不況である。家庭に入ったからといって、いや、家庭に入ったからこそ、家でのんびりしている場合ではなくなっているのである。共働きの世帯が専業主婦世帯を上回ったのが1900年代半ばだ。今でもその差はグングンと開いている。今回の改正は遅すぎた感すらある。

ともあれ、配偶者控除は変わる。この制度は、税率10%では住民税7万6000円、所得税3万3000円、1世帯につき年額およそ10万円強の税金が免除されるものである。この制度の適用の幅が広がったことにホッと胸をなでおろした主婦も多いのではないだろうか。

実際のところ、年収103万円は、パートで働く主婦にとって、あっという間に超えてしまう壁であった。時給1000円で週4日、一日5時間も働けばもうアウトである。かさむ教育費に重い住宅ローン、予想外の出費に頭を抱え、何とか生活を安定させようと頑張る主婦にとって、103万円の壁は頭の痛い問題だったのである。

そこにようやくの改正だ。これでめでたしめでたし・・・と言いたいところであったが、ことはそう単純でも、国は私たち庶民に優しく微笑んだわけでもなかった。

これよりも重大な改正が、今年10月に行われていたからである。

その改正とは「106万円の壁」の創設だ。これは社会保険料支払いの壁である。もっともこの制度は従来から「130万円の壁」として主婦の前に立ちはだかっている。パートの年収が130万円を超えると主婦は夫の扶養から外れ、自分自身で国民年金、健康保険に加入しなければならない。その年額はおよそ24万円に上る。ギャッと悲鳴が上がるほどの負担増なのである。

この恐怖の「130万円の壁」が、要件を満たすことを条件にしているとはいえ、106万円に引き下げられることになったのだ。

その要件とは、従業員501人以上の企業で「週20時間以上勤務」し、「月額8.8万円以上」を稼ぎ、「勤務期間1年以上(見込みを含む)」を経過している、ということであるが、これにあてはまる主婦は全国25万人に上るという。パートやアルバイトにその労働力のほとんどを預けている大手チェーンのスーパーや飲食店などのことを思えば、この数は想像に難くない。実に多くの主婦が、「配偶者控除の限度が150万円に上がった~」などと手放しで喜んでいられなくなったのだ。

もっともこの「106万円」の壁では勤め先の企業が厚生年金の半額を負担することから、先の130万円の壁のときの負担よりは軽い。それでも年収110万円では年額およそ16万円、年収134万円では年額18万5000円ほどの負担となる。決して多くない収入の中からの出費である。たとえ将来の年金額が少し増えるとか、傷病手当が出るといわれても、この支払いを逃れるために就労時間を制限する主婦は多いのではないか。

加えて、パートを雇う企業側も厚生年金保険料の負担を避けるために、彼女たちに「106万円以下で働くこと」を推奨すると考えていい。これは当然の帰結である。

こうなると、先の配偶者控除の限度額引き上げは何のためだったのかと思えてくる。国は女性に「税負担を広く免除するのでどんどん働いてくださいね」と言っておきながら、その姿勢を隠れみのにして、実際には多くの主婦に社会保険料の負担を強いているのである。

しかもこの106万円の壁の対象者はこの先増える可能性があるといわれている。制度の適用範囲をじわじわと広げながら、時間をかけてより多くの主婦から保険料を徴収していこうという算段だ。政治家は心の底から女性の社会進出を応援しているのだろうか。頭の痛い問題は、これからますますその度合いを増して私たちに迫ってくることになりそうだ。

 

思えば、主婦のまわりにはいつも壁がある。働けば働くほど税負担の壁が立ちはだかり、家に帰れば家事や介護に関心のない夫という壁が待っている。独身の女性も、ジェンダーフリーとは程遠い「男性社会」という壁の中で働きながら、主婦に比して重い税負担に不公平感を抱える。

女性だけではない。男性も、企業という社会の壁の中に閉じ込められている。長時間会社に拘束され有給休暇もまともに消化できない状況は、近年の先進国の中では他にほとんど例をみない。

国は小手先の財政改革を繰り返している場合ではない。体裁として「男女共同参画」「女性の社会進出」を叫んではいるが、その先にある目的は単なる財源の確保であり、その意識はいまだ封建的である。「壁」は制度そのものにではなく、むしろ政治家を含めた我々国民の意識の中にあるのではないか。今こそ、その壁を取り払う力のある政治が必要だ。女性にとっても男性にとっても生きやすい社会は、日本という国に根強く潜む旧態依然とした意識の壁を取り払うことでしか実現しないのである。